Angelic Smile

~日々感じることをそのままに~

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高校生活の源

既に3ヶ月も経ってからの日記アップです(笑)

高校時代の部活の恩師が定年退職という事で
私たちが3年だった時の1年、2年も呼んでお疲れ様会を開いた。
全員ではなかったけど凄い出席率!!

高校時代は何をしてましたか?と聞かれたら
部活しかしてませんでした、と即答できる。
休みも無く、インターハイ目指してみんなで頑張っていたあのキツイ練習が
今では懐かしく良い思い出になっている。

私たちの代が一番先生と仲良かったな。
それは部長の方針のお陰。「先生と仲良くしておいた方が得じゃん♪」
まさにその通り。

今だに差し入れ持って練習を見に行ったり
誰かが結婚するとなればみんなで報告に行ったり。
先生の家にお邪魔したり、試合で会えば笑って話が出来る。

高校時代の恩師は色々な事を教えてくれた。
恩師の方針は「卓球を通じて色々な事を学んで欲しい」だった。

だからマナーや心構えなどにもかなり厳しかった。
でも就職してからというもの、部活で恩師に言われた言葉を思い出す場面がたくさんあった。

「隣の人が言われている事でも自分の事のように話しは聞いておく」

これはいつも思い出します。

遠征で三重に行ったときには
「お前らが頑張って引っ張っていかないで誰がやるんだよぉ!」
と怒られ、外周を全力で走らされたっけ・・・
走るの苦手な私はホントしんどかったけど・・・走り終わってすぐ試合。。
なんか死にそうだったの覚えてるけど・・・

男子はインターハイに出場したのに
女子はあと一歩というところで私が負けたばっかりにインターハイ出場を逃した。
今だに後悔が残る、あの最後の一戦。

今では浜松商業といえばインターハイの常連高。
後輩達の頑張りにいつも涙が出そうです。

私たちが現役の時には
日本代表の水谷君もいつも練習に来てました。
今では妹さんが浜商で活躍してくれていますww

その伝統校を作り上げた恩師はさすがです。
浜商カラーは先生のカラーかな。
途中からあの有名な白井先生が加わったお陰で更にパワーアップした浜商。
カラーも少しずつ変わっていく中でも根本は変わらないから今だに遊びに行ける訳です。

上原先生お疲れ様会2010_04_11_024 上原先生お疲れ様会2010_04_11_023

退職してからはハーフタイム制度で半分は学校に行くみたい。
まだまだ浜商卓球部を育てて欲しいですねW

恩師は見てのとおりポール牧に似ていることから
歴代の先輩方が呼んできたあだ名は「マキ」

マキはこれから農業に精を出すらしいです。
蕎麦作りが趣味だったり色々とマメな先生なんですよ。

今回のお疲れ様会も
みんなでワイワイやりながら本当にあっという間に時間が過ぎた。
また先生の家でミナヨ婦人の手料理を食べに押しかけるつもりです☆

うちらの代の部長はあさっての7/9が出産予定日!!
元気な子が生まれるといいな~♪
後輩達もどんどん結婚してくわ~。

上原先生お疲れ様会2010_04_11_025

変わらぬ付き合いが出来るのも
浜商卓球部がくれた素敵なご縁です☆

高校生活の源というより人生の源かもしれません☆



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    2010/07/07(水) 15:00:13| スポーツ | トラックバック:0
  1. | コメント:8

浜松卓球リーグ

昨日は年に2回のBIGイベント!!
浜松市で行われる大きな大会、浜松卓球リーグへ参加してきました!!
浜松は日本代表のあの選手!水谷君がいた場所です!
私も高校の時には一緒に練習をしました。あの頃からずば抜けてたもんねぇ☆
浜松は数々の有名選手が輩出されている卓球の歴史のある街です!!

ここ1年は試験勉強やらなんやらでバタバタして練習も行けてませんでした・・・。
それでも試合前に1度くらいは練習せねば!と思い、大会3日前の練習日に
用事を済ませてから急いで練習会場へ行ってみると・・・
既に練習終わってた~(苦笑)行くのが遅すぎた!!! 
結局、全く練習しないまま本番を迎えました(爆)

台を出したりネットを張ったり、会場の準備を済ませると練習開始です!

ラケットとラバーを貼り付ける糊をチャックと言いますが
その規制が厳しくなり今回から新しいチャックで貼り付けてみたのですが
イマイチ具合がしっくり来ず。。。

浜松リーグ

9時半になり試合開始!
浜松リーグは名前の通りリーグ戦。
1部6チームで5試合を戦います。
参加チームは女子47チーム、男子76チームと年々参加チームが増えております。
女子だけでも300人ですからねぇ。凄い人数・・・
私たちは女子の3部。前回の大会で2部でベリになり3部へ後退。。
だけど平均年齢が50歳を越しているのに47チーム中13位って凄いことですw
やはり今まで培ってきた「経験&知識」は大きな財産ですね!!

毎日練習をしている高校生でも還暦を迎えるおばさんたちには勝てません。。
「相手を見抜く力」「試合の運び」「正確さ」これは若さだけじゃ乗り越えられない厚い壁。

それだけの武器を持ってしても今回はレベルが高かった!!
3本先に取った方が勝ちなのですがいつも3-0とか3-1とかで終わるのに
今回は2対2で5番手のダブルスまで行く事がほとんどだった。
しかも5セットまでフルにする試合ばかり(笑)

お昼もパンを1個かじって終わるくらいの空きのなさ・・・。

今回は何だかみんなお疲れ気味のようだった。
なので若さを武器に?といってもそんな若くもないし練習もしてないのに・・・
たくさんの試合に出させて頂きました!!
1つの試合でシングルもダブルスも出して頂き
フル出場でほとんどが5セットのフルマッチ(笑)

私たちのチームは結果的に1勝しか出来ませんでしたが
三つ巴になりベリにはならず次回の大会も3部残留できることになりました。

卓球も「現代卓球」というか時代によってスタイルがやはり変わってきます。
50、60代の人のスタイルと20、10代のスタイルは全く違う!!
ルールも変わってきてるしねぇ。。

だけど教わることばかりだし、還暦になっても40歳も違う人と互角に戦えることって
なかなか無いような気がします。
インターハイに出場して名を連ねた方たちはいつまで経っても「卓球が好き」に変わりはありませんね☆

一人のチームメイトが足の指を脱臼したと言う話になり
カラダのケアの仕方について色々とアドバイスが出来てよかったです。

脱臼はまずは正しくはめ直す事。
そして熱をもっている間は、まずは熱をとる!
前にも日記で紹介した豆腐湿布や里芋湿布をして1日で簡単に熱を取る!
そしてその後、痛みがあるようなら生姜湿布をするなどして今度は温める!
この「冷やす」「温める」を間違えると大変なのでご注意を!!

チームの専属トレーナーじゃないけど
試合中のマッサージやケア、応急処置やアドバイス
そんな事も出来たらいいな~と思いながら始めた施術の仕事。

高齢だからもう辞めようか、そんな声がチームにあがり始めました。
楽しむための練習、楽しむための試合、基準を何処へ置くかは人それぞれです。
だけど「あの歳になっても続けている人がいるんだから」「あの歳までやりたいねぇ」
そう思ってくれている周りの人たちがいるのは確かです!!
他のチームの緒先輩方が引退していく一方でうちのチームは凄いと思う!!

もちろん怪我をせず、健康の為にという感じでやってほしいのは根本にありますが
是非このまま存続して欲しいな、と思う他ありません。

1年も卓球してなかったのに朝から夕方まで試合しっぱなしだったので
今日は思ったとおりの全身筋肉痛(笑)

さぁ頑張って美容院へ髪を切りに行ってこよう~^^;



    2010/02/28(日) 15:36:45| スポーツ | トラックバック:0
  1. | コメント:0

三ヶ日大会

100207_082658.jpg
今日は年に一度のBigイベント!
小学生、中学生の卓球の大会が三ヶ日で行われました。

新居、福田、菊川、豊田、浅羽、雄踏、藤枝、湖西
旧引佐郡地区の中学校
などなど遠くから参加者なんと350人!!

今年で25回目を迎えます。
私が2歳の頃から始まったんだねー。
続けてきてくれた指導員、保護者の方々、体育協会の方、本当にありがとうございます。

夕方に帰って来てからさっきまで爆睡してました(笑)
1日はやっぱり大変です(笑)


参加してる側だった時には何とも思わなかったけど
運営側になって、この歳になって
思う事は色々あります。
重みを感じますね。

感謝の気持ちを込めて
今日は中学1年の男女の進行のお手伝いです。

コート割り振りして、オーダー書いて、コールして、トーナメント表に書き込む

卓球ブームもあって
中学生の多いこと(笑)
女子はラリーが続くのと慎重な運びなのとで
毎回進行が遅くなります。
進行側は大変ですが
自分も選手時代はそうだったよなーと思ったり(笑)
スポーツは試合内容を見ているだけでその人の性格が分かる。

勝者が本部へ結果報告に来るのですが
おっと~りしている子でも試合になると慎重で繊細な運び
芯が強い証拠です。

そして勝負の世界は何が起こるか分かりません!
いつも新聞に取り上げられている有名な子が
今日はベスト8で敗退。
泣き崩れていました。

どんなに強い選手でも
どんなに弱い選手でも
スポーツをする上でやはりルールは守らなきゃいけません。

負けたら終わりじゃない。
どんなに辛かろうが負けたら審判をやって終わらなきゃ。
その子は泣き崩れて審判もしませんでした。

全日本で連覇を成し遂げている水谷くんも
ちっちゃい頃は負けて大泣きしてたけど
泣きながら一生懸命に審判してたのを思い出しました。

強い選手、良い選手、みんなが応援してくれる選手は
技術だけじゃなく、内面的にも素晴らしい。

高校の時の恩師が口をすっぱくしていつも言ってた
『スポーツを通して人間的に成長して欲しい』
卒業してから教えられた事を思い出す場面がたくさんある。

自分のかけてあげた一言が
その人の中に残ってくれたら嬉しいなぁ。

体育館は暖房が無く寒い。
役員の方たちが珈琲を入れてくれた。
紙コップに名前とイラスト。
さすが保母さん☆

最近はなかなか指導員の仕事も行けないけど
温かく接してくれるこんな仲間が本当に心にしみる。

60過ぎても女は好きだ、とか
マニュアルなんか無い適当さ、
バカ話が出来る腹をわった付き合いの人ばかり。

だけど、親しき中にも礼儀あり。
そんな付き合いが楽しいし長続きするし助け合える。

『また練習も頼むな~』

何気ない一言が、温かい。

ありがとうございます。

    2010/02/08(月) 01:41:29| スポーツ | トラックバック:0
  1. | コメント:2

ROOKIESを見てふと・・・

年末にROOKIESの再放送をやっていて
真剣に見入ってしまった(笑)

年末年始は昼と夜が逆転してたなぁ・・・

朝寝てお昼過ぎに起きる
そんな生活スタイルになっていました。。。

なのでROOKIESは午後2時~5時という
出かける支度をしながら見るのに最適な時間だったという訳ですw

で、ふと思ったんだけど

...続きを読む
    2009/01/06(火) 15:14:05| スポーツ | トラックバック:0
  1. | コメント:0

栄光へのストローク!

昨日は母親の一言で何気なく見ることになった
パラリンピック金メダリストのドキュメンタリー番組

鈴木孝幸
昭和62年1月生まれ
身長116センチ
聖隷クリストファー高等学校卒業
早稲田大学4年

両手両足に「先天性四肢欠損」という重い障害を抱えた青年。
生まれてすぐの両親からの育児放棄。

私の一番下の妹が聖隷三方原病院で生まれたのが昭和62年4月。
母はその時に孝幸くんの存在を知ったそうです。

「あなたは親に捨てられたんだから!」と看護婦さんたちが
ベットの上でとにかく何でも色んな事を一生懸命教えたそうです。

そんな頃に入っていた園の園長さんが孝幸くんの里親である小松さん。
2人の21年間の歩みから家族や障害の意味を改めて問いかける感動のヒューマンドキュメントでした。

「おばあちゃん」  「タカ」

そう呼び合う二人は固い絆で結ばれています。
決して言葉では表せない何かがそこにはありました。
小松さんの実の子供たちもいつも一生懸命だったとか。

里親の親権は成人までとされているそうです。
孝幸くんが20歳になった時、里親解消の手続きへ向かう小松さん。
何だか切ないものがありました。
だけど「紙上のことであって絆は何も変わらない」そんな言葉にあつくなりました。

「20年間ありがとう。もう20年も宜しく」

そんな風に笑って話す孝幸くん。深い一言です。

「タカを障害者扱いしたことなんか一度もない」と話す小松さん。

小学校も高校も普通の学校に通わせました。
ワルサガキと呼ばれるほどのお転婆っぷりで
いつも面白い事をしてはみんなを笑わせてくれていたそうです。
小さい頃から当たり前のようにいた事や孝幸くんの人柄で
友達も父兄もいつもみんなが周りにいます。
孝幸くんはいつも全力!負けず嫌いの努力家です。
そんな孝幸くんをみんなが応援してくれます。

小学校から始めた水泳が開花!
アテネ五輪も今回の北京も出場をしました。
パラリンピックの主将も務め見事に競泳男子50メートル平泳ぎで金メダルを獲得!
タイムは49秒06。

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おばあちゃんに金メダルをかけてあげるシーンでは、じんわりとしてしまいました。

北京の前にも教育実習で聖隷高校に来ていたり
練習だけに打ち込める環境では無かったようです。

「実の親に対してはどう思いますか?」という質問に

「なんとも思わないですねぇ。見た事もないし。実の親よりやっぱりおばあちゃんなんで」と語った。

育児放棄をした両親が住むのも三方原。
孝幸くんの住む小松家も三方原。

どこかですれちがっていたとしても孝幸くんは分からない。
だけど小松さんが孝幸くんの姓を鈴木のままにしたのにも理由がありました。
「自分が持って生まれた名前だから」と。
逃げも隠れもせず、堂々と生きなさいというメッセージ。

今でもムードメーカーな孝幸くん。
講演をしたり、競泳の指導をしたり。
「自分の頑張っている姿を見て何かを感じてくれれば」と語った。
そして来年は社会人!本当の意味での自立です。

強さと暖かさを兼ね備えた孝幸くん。
人間力があります。
なかなか私の周りには探してもいないタイプかも。

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地元出身の選手としてもこれから応援していきたいと思います!



    2008/11/11(火) 17:10:50| スポーツ | トラックバック:0
  1. | コメント:0
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